今回は和歌山にグリーンソフトが登場秘話をお届けします。
昭和33年当時、お茶販売店は夏場は売り上げが大きくない季節だそうですなぜならお湯を沸かしてお茶の葉をいれて飲むもので、やはり秋から冬、春に需要があります。昔の話で麦茶は穀物扱いで本格的な御茶屋では売るのに抵抗があったようです。また、お茶の場合200gもあれば1ヶ月に2回位買えば事足りるのでとりわけ夏場は暇だったようです。
そんなこともありなんとかいい案がないかと四六時中悩んでいました。
ある時、アメリカにいる友人から抹茶を送ってくれ!との依頼があり(今でこそ抹茶はアメリカでも普通に買えますが当時はまったく売ってなかった)宅急便などありませんから船便で送ったそうです。日数がかかるうえ保管温度も安定せず、届いた抹茶は悲惨な状態で普通には点てることができなかったそうです。それではせっかくの抹茶がもったいないのでミルクに入れて飲んだところ、それが大変美味しかったそうです。その話を聞いて、これはすごい大発見だと思い、色々ためしたり、さまざまな業界の人に抹茶とミルクの組み合わせで何かいいものができないかと聞きまわった中で当時流行り始めていたソフトクリームに行き着いたそうです。
当時はまだ白いバニラしかなく緑でしかも抹茶ソフトは気色わるがられたそうです。
次回はお茶屋の夏対策とグリーンソフトがここまで有名になったかをお送りします。
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